あなたは素晴らしい

北海道砂川市にある「いわた書店」の店主、岩田さんによる選書で、私が選んでいただいた11冊のうちの1冊です。一万円選書の…と聞いて分かる方も多いのではないでしょうか。一万円選書とは、ご自身はもちろん読書家であり本屋店主の岩田さんが、その人のこれまでの人生や読書の好みを聞き取り、幾万とあるであろう読書データの中から「これぞ!」という本を、1万円分選んでくれるという読書好きにはたまらないサービスです。

 

Amazonなどのネット通販でいくらでも本は買える時代ですが、「流行りの売れる本ではなく、自分がお客さんに読んでもらいたい本を並べる」というその人らしさがある血の通ったポリシーにも惹かれますし、どこか介護仕事百景のモットーとも重なる気がして、いつか北海道に行く際には訪れてみたいと思っています。

 

小説に話を移すと、「カーテンコール!」の舞台は、私立女子大学の茂木女学園。経営難で閉校が決まっているにも関わらず、さまざまな理由により落第し卒業できなくなってしまった生徒たちが、温情で半年の猶予を与えられ、大学敷地の片隅にて半ば軟禁の合宿補習を受けることになります。もちろん集まった生徒たちは、「ワケアリ」の強者ばかりでした。

 

彼女たちそれぞれが抱えるそのワケの一端は、性同一性障害やナルコレプシー、摂食障害、食事や生活リズムの乱れによる睡眠障害など、現代の若い女性が抱えている身体や心の不調の縮図にも見えます。

 

物語は、そんな彼女たち視点の短編をつなげて綴られています。一見、表面的には、彼女たちの抱える問題はそれぞれ違うことのように見えたものの、読み進めていくと「自分はできない人間、人よりも劣っている」と考え、縮こまって生きているという点ではピタリと重なっていました。人と比べて出来が悪いと感じた体験、頑張りを認めてもらえなかった体験が積もり積もった上に、障害や身体の不調も相まって学校に行けなかったり、人間関係に苦しみ生きづらさを感じていたのでした。

 

一種の似た者同士の彼女たちが、2人一部屋で共同生活を送り、相手を自らの写し鏡にして自分の生き方を見つめなおしたり、支えあうことを学び、成長していく姿からは、人は人と関わることから生き方を学んでいくのだと私自身も教えられた気がしました。

 

彼女たちと共に合宿生活を送るのは、老年の理事長夫婦と校医でした。合宿期間中、寝食を共にし、彼女たちを見守り、その成長を支え、必要なときにそっと歩み寄り必要な言葉をかける様子は、まるで今はまだ蕾の花が開く時を待ち大事に育てているかのようでした。

 

物語のなかで数々登場する理事長の温かい言葉の中でも特に、卒業式での祝辞の言葉が印象に残っています。

“最後に、あなた方の背後に並び咲く、ひまわりの花言葉を捧げます。ついこの間、うちの妻から聞いたんですがね。

 

「あなたは素晴らしい」

 

あなた方は、素晴らしい。過酷な灼熱の太陽の下で、すっくと天を仰ぐ大輪の花のように、とてもとても素晴らしい。これは魔法の呪文です。これから先、何か困難に出会ったとき、自己嫌悪に陥ったとき、そっとつぶやいてみて下さい。「私は素晴らしい」と。

 

そしてどうかひまわりのように、常に明るい方、暖かい方を向いて目指して進んでください。そうすれば、そんなに大きく間違えたりはしませんから。あなた方という、素晴らしい花たちと、学園最後の日を迎えられたことを、私は心より誇りに思います“

この一節を読んだとき、氷が溶けるようにスーッと肩の荷が軽くなった気がして、この言葉を届けるためにこの本は私の元へやってきたのだと思いました。

 

昔、私自身も生きることはそうたやすくはないと、彼女たちのように生きづらさを感じていた時期があったからです。生きることに上手い人と下手な人がいるとすると、迷いなく下手である方に挙手しますし、もっと上手に立ち回れたら…と何度夢見たことか数知れません。「あの人はできるのに、なぜ自分はできないのだろう」とテストの点数やかけっこで走る速さ、人付き合いと挙げたらキリがないくらいあれこれ人と比べて、自分を卑下して、苦しんでいました。

 

今ですら上手ではありませんが、昔を思い出すと随分生きるのが下手で不器用だったなと思います。だからこそ、「あなたは素晴らしい」という言葉は、ひと際多く感じていたであろう劣等感、焦燥感、無力感、その他たくさんのマイナスの感情を丸々包み込み、プラスに強く引っ張る力がありました。

 

物語のクライマックスには、生きるための修業をしている彼女たちとともに、私もその言葉を受け取り、強力なお守りを授けられた気分でした。そして、私自身も人に向けてその言葉を送りたくなりました。さまざまな理由が絡み合う生きづらさが、簡単にはほどけないものであっても、あなたは素晴らしいと存在を肯定してもらえることで、もう一度自分の力で地に立ち、歩いていけるようになると思うのです。そして、私は素晴らしいと自分で自分にその言葉をかけてあげることで、上手く生きられない自分を許し、それでももがき頑張る自分を褒めてあげることで、この世界が少しだけ生きやすく見えてくるはずです。

 

これまで読んできたなかで思い出に残る本はたくさんありますが、何かにくじけそうな時に全力で私の味方をしてくれる本として、カーテンコール!もずっと我が家の本棚に飾っておきたいと思います。カーテンコールという題名のもつ意味にはあえてふれずにおきます。小説を読むとき、最初のページから終わりのページまでじっくりと読んで、張り巡らされた伏線を拾い集める読書の楽しみを数十年ぶりに思い出せた作品だったので、ぜひその至福の楽しみを読む人のために残しておきたいと思います。(影山)