音声ガイド講座の3日目は、視覚障害当事者の正子さんがモニターとして参加してくれました。
私が音声ガイドについて知りたいと思ったきっかけでもある映画「光」に出演していた正子さんが、受講生が考えてきた音声ガイドを聞いてくれるのです。私はこの日が待ち遠しくて仕方ありませんでした。
なぜたった一度、それも映画の中で見ただけの人にそこまで会いたいと私は思っていたのか上手く説明する言葉が見つかりませんが、演者ではない日常の正子さんが映画「光」のスクリーンの中にいるような気がして、印象的だったのかもしれません。
音声ガイドの講座では恒例となっている、正子さんによる「オーラ診断」があります。受講生が自分のその日の服装や好きなことを紹介すると、その話し方や内容、言葉づかい、声などのイメージから、その人の放っているオーラの色を正子さんが教えてくれるというユニークなイベントです。
「影山さんは白ね。そこに黄色と、青がまざっている感じ。強い色ではないの、薄くね」
生まれて初めてのオーラ診断の結果、私の好きな白色が自分のベースだったことに少し喜んでいると、隣の受講生が「私も白って言われたよ、一緒だね」と、話しかけてくれました。その話を聞いた正子さんが、「あなたはね、白だけれどもピンクがまざっているのよ」と、声を聞いただけで私の隣の方のオーラを復唱してみせたことに驚かされました。
全盲の正子さんのイメージする世界では、人を容姿や外見ではなく、色で認識しているのかもしれません。
2回目と3回目の講座では、15分間の短編映画を題材として、実際に音声ガイドを付けてみた原稿を受講生全員が持ち寄ります。ひとりずつ映画に合わせて音読し、それをモニターである正子さんや先生が聞き、フィードバックをしてくれる形式で進んでいきます。
たとえば、目線を地面に向け肩を落とす人を音声ガイドで説明する際に、「悲しそうな表情で立っている男性」と音声ガイドで表現したとすると、
「悲しそうな表情って音声ガイドにあったけど、役者さんの何を見て悲しそうって思ったのかな?その時の役者さんの様子が知りたいな」
といったように、主観ではなく事実を引き出すような質問を返してくれます。
「ハナちゃん(役名)って、そんな動きもしていたんだね。初めて知りました」
と、何十回も講座の中で聞いてきた音声ガイドでも、書く人が異なることによって初めて知る情報を、正子さんは嬉しそうに受け取っていました。
正子さんにフィードバックをしてもらうと、自分の映画の見方と正子さんの映画の見方が違うことに気づきます。
私たちは映画を見るとき、スクリーンという平面を見ているのに対し、正子さんは映画の中に入って、立体的な空間の中で映画を見ているのです。主演者の横や後ろに立ち、その世界の中に存在しているのです。
正子さんのように見ている視覚障害者は少なくないようで、他のモニターさんも同じように、映画の中の世界に入って観ていると話していました。
「想像力というのは大きな大きな世界なんだ。言葉でそれを小さくしないでほしい」
映画「光」の中で、新米ディスクライバーに言葉をかけるシーンにおいて、正子さんは静かな口調でそう訴えます。
こう見てほしいという気持ちをディスクライバーが抱いてしまい、それを音声ガイドにしてしまうと、映画の見方を決めてしまうことになります。大きな想像力を働かせず、自分の言葉を当て込もうとするディスクライバーの妥協を見透かした言葉でした。
(影山)
第4回:見えないことで、見えるようになる に続く
写真:シアター・シエマ