前回紹介した、菜根やで美味しい昼食を楽しんだ後は、2階にある亀井野珈琲(かめいのこーひー)を訪ねました。亀井野珈琲の売りは、店長の山口さんが淹れたハンドドリップコーヒーです。
亀井野珈琲では毎日、コーヒーの淹れ方が変わります。山口さんの話によると、世界に約200種類あるコーヒー豆は、ワインのぶどうと同じで産地や生産された年によっても、味わいが異なります。さらに、コーヒー豆に不可欠な焙煎というコーヒー豆の煎り方によっても、味や香りは変化します。
同じ袋から出した豆でも、昨日と今日とでは微妙に違うため、試しに淹れたコーヒーで味を調整し、その日の味を決めているのだそうです。まるで、コーヒー豆と会話をしているかのような話に、聞き入ってしまいました。
店内に目を移すと、テーブルが1つ、イスが4脚だけのコンパクトな造りになっています。すでに常連のお客さんが、楽しげに友人と過ごしていました。
ウッドデッキになっているお店の外は、キャンプ用のロッキングチェアーが気持ち良さそうに日向ぼっこをしているのも興味を持ちましたが、その後ろにある、カフェには普通ないものに驚きました。
なんとテントの中に、こたつ。そして机の中央には、お決まりのみかんまであるではありませんか。明らかにおかしな組み合わせのその席、いざ座ってみると不思議な居心地の良さがありました。テントの中はまるで雪の降る地方で作られるかまくらのような特別な個室。こたつでぬくぬくと温められ、淹れたてコーヒーに舌鼓をうつうちに、私たちの足元には根が生えてしまいそうでした。
日当たりのよいウッドデッキに座席を置こうと思いついたにもかかわらず、風があまりに強く吹き寒すぎるため諦めかけていた時、あおいけあの加藤さんがテントを譲ってくれました。そこに暖をとれるようにカーペットを敷き、こたつを置いてこの席は出来上がりました。
「うちは、帰らなくていいお店なんです。」と、根が生えかかっていた私たちに、山口さんは笑います。コーヒーのお替わりも頼める亀井野珈琲は、長居をしてもらうお店なのだという。急がずゆっくり、まるでハンドドリップで淹れるコーヒーそのものです。
亀井野珈琲の成り立ちは、山口さんが以前働いていた特別養護老人ホームでの出来事がきっかけでした。10時や15時のお茶の時間、ご利用者さんの多くがコーヒーを飲みたいと希望します。高齢者イコール緑茶などの日本茶をイメージするかもしれませんが、食事の際の飲み物は日本茶で、合間はコーヒーを飲みたがるご利用者さんは多いのです。けれど、施設に準備されているのは、粉末タイプの味気ないコーヒーがほとんど。
「自宅に住んでいたころはお気に入りの喫茶店があって、コーヒーを楽しんでいたはずなのに、施設に入った途端その楽しみが奪われるなんておかしい」
学生の頃、カフェでアルバイトをしていた山口さんは、小学校の同級生で美容師をしている友人と、訪問型のカフェと美容室として亀井野珈琲をスタートさせました。
依頼があるとその施設まで出張し、美容師さんに髪を切ってもらい、1杯ずつ淹れられたコーヒーを飲める。お店の味が施設の中で味わえるようになったのです。その後、あおいけあの施設のとなりにお店ができたことで、地域の人からも親しまれる場所になりました。
1杯のコーヒーにも「美味しいコーヒーを飲んでほしい」という思いが加われば、ご利用者さんの楽しみを取り戻させるだけの力が宿るのです。
(影山)
(あおいけあシリーズ第3回 つながりを持つこと へ続く)